大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成9年(行ウ)28号 判決

原告

伊東秀子

右訴訟代理人弁護士

秀嶋ゆかり

祖母井里重子

石川和弘

相原わかば

板根富規

片山登志子

児玉憲夫

杉浦英樹

関根幹雄

田島純藏

谷合周三

中村順子

中村雅人

風呂橋誠

藪野恒明

米川長平

被告

北海道知事堀達也

右訴訟代理人弁護士

山根喬

右指定代理人

竹内正樹

外一五名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対して平成七年一二月一五日付でした、別紙公文書目録一及び同二記載の各公文書を非開示とする旨の決定(以下「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に、北海道公文書の開示等に関する条例(昭和六一年北海道条例第一号。以下「本件条例」という。)に基づき、平成七年四月から同年一〇月までの商工労働観光部総務課及び石狩支庁地方部総務課の旅費の不正受給(カラ出張)に関する一切の資料の開示を請求したところ、被告から本件各処分を受けたので、その取消しを求めている事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実については証拠を掲記しない。)

1  当事者

原告は、北海道内に住所を有する者として、本件条例五条による公文書の開示請求権者であり、被告は、本件条例二条一項の実施機関である。

2  本件条例

本件条例のうち本件に関係する部分は次のとおりである。

(開示してはならない公文書)

八条一項 実施機関は、開示請求に係る公文書に、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は認識され得るもの(法令及び他の条例以下「法令等」という。)の規定により何人でも取得することができる情報並びに公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報を除く。以下「特定個人情報」という。)が記録されているときは、当該公文書に係る公文書の開示をしてはならない。ただし、当該特定個人情報が、法令等の規定による許可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得したものであって、開示すべき公益上の必要があると認められるものであるときは、この限りではない。

(開示しないことができる公文書)

九条二項 実施機関は、開示請求に係る公文書に、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書に係る公文書の開示をしないことができる。

一号 開示することにより、人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護、犯罪の予防、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報

三号 道又は国等の事務又は事業に係る意思形成過程において、道の機関内部若しくは道の機関相互間又は道の機関と国等の機関との間における審議、協議、調査研究等に関し、実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務又は事業に係る意思形成に著しい支障が生ずると認められるもの

(公文書の一部開示)

一〇条 実施機関は、開示請求に係る公文書に、非開示情報(その情報が記録されていることにより第八条第一項本文……又は前条第一項本文若しくは第二項の規定に該当して公文書の開示をしないこととされる場合における当該情報をいう。以下同じ。)とそれ以外の情報が記録されている場合において、非開示情報とそれ以外の情報とを容易に、かつ、開示請求の趣旨が損なわれない程度に分離することができるときは、前二条例の規定にかかわらず、当該非開示情報が記録されている部分を除いて、当該公文書に係る公文書の開示をするものとする。

3  原告の公文書開示請求

(一) 被告は、道庁職員が数年にわたり行ってきた旅費の不正受給(カラ出張)等の違法行為が発覚したことを受けて、緊急処置として二四課につき一年七か月分の調査を実施し、平成七年一一月一三日に、その調査結果として、商工労働観光部総務課及び石狩支庁地方部総務課における旅費の不正受給に関する件数、人数、金額等を公表した(甲三、弁論の全趣旨)。

(二) 原告は、右調査結果の公表を受けて、平成七年一一月一七日、被告に対して、本件条例に基づき、平成七年四月から同年一〇月までの商工労働観光部総務課及び石狩支庁(総務)の「カラ出張」各二五件に関する一切の資料の開示請求(以下「本件開示請求」という。)を行った。

4  本件開示請求にかかる公文書の記載内容等

(一) 被告は、本件開示請求に係る公文書は、①被告が公表した平成七年四月から一〇月までの商工労働観光部総務課における二五件の旅費の不正受給に関する旅行命令簿兼旅費請求書(以下「公文書一」という。)並びに②石狩支庁地方部総務課における二五件の旅費の不正受給に関する旅行命令簿兼旅費請求書及び復命書(以下「公文書二」といい、公文書一とあわせて「本件各公文書」という。)であると特定した(甲三、弁論の全趣旨)。

(二) 本件各公文書のうち、旅行命令簿兼旅費請求書には、出張を命じられた職員の所属部局課、職名、職務の級、氏名及び印鑑のほか、用務、用務地、旅行期間、旅費の金額が記載ないし押印され、決裁欄に担当者及び旅行命令権者等の印鑑が押印されており、復命書には、出張した職員の所属、職名、氏名及び印鑑のほか、用務、用務地、旅行期間、処理の経過等が記載ないし押印され、報告先欄に旅行命令権者等の印鑑が押印されている(甲三、一三ないし一六、弁論の全趣旨)。

(三) なお、職員の出張は、旅行命令権者(任命権者又はその委任を受けた者)の発する旅行命令によって行われなければならず、この旅行命令は旅行命令権者が旅行命令簿を職員に提示することによって発せられ、旅行命令を受けた職員が旅費の支給を受けようとするときは、請求書を支出命令者に提出することとされている。旅行命令簿兼旅費請求書は、旅行命令権者が旅行命令を発し、又は出張を命じられた職員が旅費の請求を行う際に使用されるものである。

また、出張を命じられた職員は、帰庁後速やかに、その出張によって処理した事務の結果を原則として復命書により復命するものとされている。

5  本件各処分

(一) 被告は、平成七年一二月一五日付で、本件各公文書について、①「旅費の不正受給に係るものに限定した旅行命令簿等の開示請求に対し、これを開示することは、結果として、不正受給に関係した職員の氏名を明らかにすることとなり、当該関係職員に対し、様々な個人的不利益を与えるおそれがあり、条例八条一項本文の特定個人情報に該当する」、②「旅費の不正受給に係るものに限定した旅行命令簿等の開示請求に対し、これを開示することは、旅費の不正受給に関係した職員の処分に係る意思形成に著しい支障が生ずると認められ、条例九条二項三号の意思形成過程情報に該当する」ことを理由として、公文書一の非開示を決定する処分(以下「処分一」という。)及び公文書二の非開示を決定する処分(以下「処分二」という。)を行い、原告に対し、処分一にあっては平成七年一二月一五日付商総第四六五号の、処分二にあっては同日付石総務第二五七号の各公文書非開示決定通知書によって、それぞれ処分結果を通知した。

(二) なお、被告は、原告が「旅費の不正受給に関する」という特定をしないで請求した「平成七年四月から一〇月までの商工労働観光部総務課の旅行命令簿」及び「一九九五年四月から一〇月及び一九九四年度の石狩支庁総務課の旅行命令簿」については、既に開示していた。

6  原告は、本件各処分を不服として、被告に対し、平成八年二月九日、それぞれ異議申立をしたが、被告は、平成九年一〇月一日付で異議申立をいずれも棄却する旨の決定をし、原告に通知した。

7  被告は、本件訴訟の第九回口頭弁論期日において、本件各公文書に本件条例九条二項一号に規定する非開示情報が記録されているから本件各処分は適法である旨を予備的に主張し、本件各処分当時主張していなかった処分理由を新たに追加した(以下「本件追加主張」という。)。

二  争点

1  本件各公文書は本件条例八条一項本文の規定により開示することが許されないか

2  本件各公文書は本件条例九条二項三号の規定により開示することができるか

3(一)  本件追加主張をすることの許否

(二)  本件各公文書は本件条例九条二項一号の規定により開示しないことができるか

三  争点に関する当事者双方の主張

1  本件各公文書は本件条例八条一項本文の規定により開示することが許されないか(争点1)

(一) 被告の主張

(1) 本件条例八条一項本文は、個人に関する情報で、特定の個人が識別され得る情報が記録されているときは、当該情報が法令等の規定により何人でも取得することができる情報や公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報である場合を除き、開示をしてはならないとしている。

そして、右の「個人に関する情報」とは、思想、心身の状況、学歴、成績、親族関係、財産の状況、所得その他一切の個人情報を指し、また、右の「特定の個人が識別され得る」とは、特定の個人であると明らかに識別され、又は識別される可能性がある場合をいい、氏名等のように個人が直接識別できるような情報はもとより、他の情報と組み合わせることにより特定の個人が識別され得る情報も本項本文に該当する情報と解すべきである。

これを本件各公文書についてみるに、本件各公文書には、出張を命じられた職員の氏名等が記載されている。少なくとも、この職員の氏名が、個人に関する情報であることは明らかであり、また、氏名が特定の個人が識別され得る情報の典型例であることは右に述べたとおりであるから、結局、本件各公文書には、本件条例八条一項本文に規定する非開示情報が記録されているというべきである。

(2) 原告は、本件条例に規定する非開示事由は、憲法二一条の「知る権利」の保障の趣旨を踏まえ、限定的に解釈すべきであるから、本件条例八条一項本文により非開示とすることのできる情報は、公開すると「プライバシーの権利」を侵害する種類の情報が記載されているものに限られるべきであるとし、公務遂行に係る公務員の職・氏名等の情報は本件条例八条一項本文にいう「個人に関する情報」には該当しない旨主張する。

しかしながら、公文書の開示請求権は、憲法の規定に基づいて直接発生するものではなく、本件条例の各規定によって初めて具体的な権利として認められるものであるから、実施機関に対する開示請求に係る公文書の開示が認められるか否かは、本件条例の解釈、運用のあり方について定めた本件条例三条の趣旨に従い、開示、非開示の要件を定めた本件条例の各条項を合理的に解釈することによって判断されるべきである。

本件条例三条は、公開を原則とする公文書の開示においても、「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない」と規定しているところ、本件条例八条一項本文は、右規定を受けて、個人に関する情報で、特定の個人が識別され得る情報が記録されているときは、当該情報が法令等の規定により何人でも取得することができる情報や公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報である場合を除き、開示をしてはならない旨規定している。これは、個人のプライバシー保護に最大限の配慮をする上から、開示しても明らかにプライバシー侵害のおそれがないものを除き、特定の個人が識別され得る情報を開示すると、一般にプライバシー等を侵害するおそれがあると考え、開示・非開示の判断基準として、いわゆる個人識別型による要件を定め、個人に関する情報がプライバシーに関するものであると明らかに判別できる場合はもとより、右プライバシーに関するものと推認できる場合を含めて、思想、心身の状況、学歴、成績、親族関係、財産の状況、所得その他一切の個人情報で特定の個人が識別され得るものを非開示情報としたものである。また、公文書の開示における個人に関する情報の保護について、本件条例では前記のような規定をおくのみで、一部の県の条例等でみられるように、「公務員の職務遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職及び氏名」を例外的に取り扱うなど、公務員の個人情報を別異に取り扱う明文の規定は存しない。

したがって、「個人に関する情報」について、公開すると「プライバシーの権利」を侵害する種類の情報が記載されているものに限られると限定して解釈すべき根拠は存在せず、原告の主張は、本件条例の文理を超えた解釈であり、本件条例の文理に基づき合理的に解釈すれば、公務執行に関わる情報であることのみをもって、そこに含まれる公務員個人の情報が、当然に本件条例上の「個人に関する情報」から除外されていると解することはできない。

(3) さらに、原告は、本件各公文書に記載された情報が本件条例八条一項本文にいう「個人に関する情報」に該当するとしても、右情報は、「公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」(除外事由)に該当するので、実施機関が開示してはならない情報(特定個人情報)には該当しない旨主張する。

確かに、本件条例においても、前述のとおり一般的なプライバシー侵害性の有無を踏まえて、公表を目的とした情報等については非開示情報から除外する旨規定していることから、実施機関は、一般的に公務員の職務遂行に係る情報に含まれる当該公務員の氏名等の個人情報について、社会通念上プライバシー侵害性はないものとして、開示の取扱いをしている。

しかし、特定の公文書における公務員の職務遂行に係る情報に含まれる当該公務員の氏名等の個人情報が、社会通念上プライバシーを侵害するおそれがあれば、もはや除外事由には当たらず、特定の個人が識別され得る情報である限り当該公文書を開示してはならないのである。

とりわけ、氏名は、個人を直接識別できる典型的な個人情報である。公務員の氏名は、行政事務の遂行に係る行政組織の内部管理情報として担当公務員を特定するために公文書に記録されることが多いが、同時に、当該公務員の私生活においても個人を識別する基本的な情報として用いられており、氏名の開示が公務員個人の私生活に及ぼす影響を全く無視することはできない。

したがって、公務員の職務遂行に係る情報に含まれる当該公務員の氏名等の個人情報の開示に当たっては、単に職務遂行に係る情報に含まれることをもって、プライバシー侵害の余地はないと速断すべきものではなく、本件条例三条の規定の趣旨に従い、その取扱いに慎重を期し、当該公務員の個人情報に係るプライバシーについて、それが侵害されることのないよう最大限の配慮をすることが求められるのである。

ところで、本件開示請求は、「カラ出張に関する資料一切」に特定してなされたものであり、通常の公務出張に関する資料とは異なるものである。それゆえに、本件各公文書の開示は、すべて旅費の不正受給と結び付くものであって、単に公務として行った行為に係る公務員の情報というだけに止まる情報ではないのである。

そして、本件各公文書を開示すると、旅費の不正受給に関係したとされる特定の職員の氏名が明らかになり、私生活上も当該職員の名誉、信用が損なわれ、さまざまな個人的不利益を及ぼすおそれがあるのであって、このような名誉、信用に関わる事項は、一般的に他人に知られたくない個人の情報として本件条例が、実質的にも保護しようとしているものである。

したがって、このように、本件各公文書の開示が実質的にも個人のプライバシー侵害性を持つと認められる以上、本件条例八条一項本文に定める非開示情報(特定個人情報)の除外事由には当たらないのであり、実施機関として、これを開示してはならないものといわなければならない。

(二) 原告の主張

(1) 本件条例は、「道民の公文書の開示を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の開示等に関し必要な事項を定めることにより、開かれた道政を一層推進し、もって道民の道政に対する理解と信頼を深め、地方自治の本旨に即した道政の発展に寄与することを目的」としたものである(本件条例一条)。そして、右の「道民の公文書の開示を求める権利」は、憲法二一条によって保障された基本的人権である「知る権利」を情報開示請求権として具体化したものである。更に、本件条例は、三条前段において、「実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、道民の公文書の開示を請求する権利を十分尊重するものとする」と定め、条例の解釈及び運用の指針として「原則公開」の基本理念を示している。

したがって、本件条例によって具体化された条例開示請求権は、憲法の保障を受け、その趣旨に従って解釈されなければならず、本件条例の非開示条項の解釈に当たっては、非開示となる情報が必要最小限となるよう厳格に解釈されなければならない。

(2) 本件条例八条一項本文は、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」が記録された公文書は開示してはならない旨定めているところ、同項の趣旨はプライバシーを保護することにあり、同項は「個人に関する情報」はプライバシーに当たるものと一応推認してこれを非開示とすることとしたものである。したがって、プライバシーに関係しないことが明らかな情報については同項にいう「個人に関する情報」に当たらないというべきである。

ところで、プライバシーとは、「私生活上の事実」であることが基本的要件である。しかし、公務員の公務について記録された情報に、公務員の役職や氏名が含まれたとしても、それは、公務執行者を特定し、あるいは責任の所在を明示するために表示されるものにすぎず、それ以上に公務員の個人としての行動ないし生活に関する意味合いを含むものではない。公務員についてプライバシーが問題となるのは、あくまでも私人としての側面においてであるから、公務員が公務として行った行為については、そもそもプライバシーが問題となる余地はない。

したがって、本件各公文書は、いずれも「個人に関する情報」を記載したものではなく、本件条例八条一項本文の非開示事由には該当しないものというべきである。

(3) 仮に本件各公文書に記載された情報が、本件条例八条一項本文にいう「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するとしても、右情報は、同項の除外事由である「公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するのであって、実施機関が開示してはならない情報(特定個人情報)には該当しない。

すなわち、右に「公表することを目的として」とは、試験の合格者の氏名、表彰者の氏名等のように公表することが法令等によって定められているか、又は公にすることが慣行となっていて公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないと認められることをいうと解され(甲五)、公務遂行に際して記録された公務員の職・氏名等の情報は、かかる意味において「公表することを目的として作成又は取得した情報」に当たるというべきである。

これを本件各公文書についてみるに、被告自身、原告が「旅費の不正受給に関わるもの」という特定をしなければ、旅行命令簿等の開示に応じてきたのであるから、旅行命令簿等はその作成時点で、「公表することを目的」とした文書であったというべきである。それが事後の開示請求における文書の特定方法によって、開示するべき文書が非開示文書になったりすることなどあり得ないことである。

被告は、本件開示請求は「カラ出張に関する資料一切」に特定してなされたものであり、通常の公務出張に関する資料とは異なるものであって、本件各公文書の開示が実質的にも個人のプライバシー侵害性を持つと認められる以上、本件条例八条一項本文に定める非開示情報(特定個人情報)の除外事由には当たらない旨主張している。しかし、文書の性格は、作成時に決定されるものであり、旅行命令簿の作成時の性格は、被告自身の認識でも「公にすることを目的とした文書」に該当するものであるから、被告の右主張は、文書の性格論と開示請求における文書の特定方法の問題とを混在させて一緒に論じ、被告自身が旅行命令簿等に対してとる解釈・運用上の矛盾について、敢えて隠蔽しようとするにすぎず、失当である。

2  本件各公文書は本件条例九条二項三号の規定により開示しないことができるか(争点2)

(一) 被告の主張

(1) 本件各公文書は、北海道による不正経理の調査により、「旅費の不正受給に関わるもの」という位置づけをされた文書であり、不正経理に関係した職員の処分にかかる意思形成上の基礎資料となるものである。

(2) 本件各処分を行った平成七年一二月一五日の時点では、旅費の不正受給に関与した職員の処分について、未だ知事としての最終的な意思決定はなされていなかった。このような状況において、旅費の不正受給に係るものと限定された本件各公文書を開示すると、本件各公文書に記載された職員の氏名のみが処分前に公にされることになり、最終的に知事が判断すべき被処分者の氏名の公表の可否や公表の範囲についての意思決定に当たり、事実上、旅費の不正受給に関与した職員の氏名を公表しないという選択を困難にしてしまうことになり、処分に係る知事の意思形成に著しい支障を生ずることになる。

(3) また、一連の不正経理は組織的、構造的に行われたものであるが、本件各公文書を開示すると、例えば特定の職員が多く記録されていることをもって、不正への関与の度合いが大きいなどと、道民に無用の誤解を与え、又は無用の混乱を招くなどして、公正かつ厳正に行うべき職員の処分に係る知事の意思形成に著しい支障が生ずることになる。

(4) したがって、本件各公文書が本件条例九条二項三号の意思形成過程情報の記録されている公文書に当たるとして、これを非開示とした本件各処分は適法である。

(5) なお、本件条例九条二項三号該当性の判断に当たっては、意思形成過程にあるか否かを本件各処分時点に立って判断すべきであり、口頭弁論終結時を基準として判断すべきでない。

(二) 原告の主張

(1) 本件条例が条例九条二項三号において意思形成過程情報を非開示事由に掲げた趣旨は、行政内部での自由かつ率直な意見交換を確保し、また未成熟な情報が外部に提供され、無用の混乱・誤解を生ずることを防止すること、一部の者に不当な利益・不利益を与えることを回避するためである。

翻って一般に、不正行為に関与して職員の処分は、内部においては服務規定、外部においては刑法その他の法規に照らして決定せられるものであり、本件各公文書が公表されることで、意見交換が困難となったり特定の者に利益・不利益を生じたりする余地は全くない。

(2) 本件各処分の対象となっている旅行命令簿兼旅費請求書は、その文書の性格上、作成とともに意思形成は終了する。したがって、旅行命令簿兼旅費請求書の作成後、未だ旅行日程前の段階での開示請求というような格別の事情が存しない限り、「意思形成過程情報」と解釈することはできないというべきである。

この点、安威川ダムに関する大阪高裁平成六年八月二九日判決(判例タイムズ八九〇号・八五頁)は、ダムサイト調査資料の開示の可否につき「(調査資料は)自然界の客観的、科学的な事実及びこれについての客観的、科学的な分析」であり、「情報自体において、安威川ダム建設に伴う調査研究・企画などを遂行するのに誤解が生じるものとは考えられない」と認定し、「意思形成過程情報」を限定的にとらえて非開示決定を取り消している。

(3) 仮に、開示請求当時には「意思形成過程情報」と言い得たとしても、現時点においては、既に不正行為に関与した職員の処分は終了しているのであるから、被告が述べる意味での意思形成は終了しているのである。

(4) 以上の次第で、本件各公文書は、本件条例九条二項三号の非開示事由に該当しない。

3  本件追加主張の許否(争点3(一))及び本件各公文書は本件条例九条二項一号の規定により開示しないことができるか(争点3(二))

(一) 被告の主張

(1) 被告は、本件各公文書が次のとおり本件条例九条二項一号に該当し、非開示とすべきであることを予備的に主張する。

(2) 本件条例九条二項一号は、開示請求に係る公文書に、開示することにより、人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護、犯罪の予防、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報が記録されているときは、当該情報の記録された公文書を開示しないことができる旨規定している。

これを本件各公文書についてみるに、本件開示請求は、「カラ出張に関する資料一切」に特定してなされたものであるから、本件各公文書の開示は、すべて旅費の不正受給と結びつくものである。そして、本件に係る旅費の不正受給等の一連の不正経理は、道の構造的、組織的なものであり、これに関与した個々の職員にあっては組織的な不正に名義を提供させられたものともいえるところ、本件各公文書を開示すると、旅費の不正受給に関与したとされる特定の職員の氏名等の情報が明らかになり、不正経理問題が大きな社会問題となっていた中で、旅費の不正受給という不正経理に対する批判が特定の個々の職員と結び付けて具体化され、中には批判の域を越えて、当該職員又はその家族に対する反社会性ないし犯罪性を帯びるような誹謗、中傷等の個人攻撃や嫌がらせ等を招来する可能性があるといわねばならない。

すなわち、本件各処分当時は、既に一連の不正経理の報道等に伴って、不正経理に具体的な関わりを持つか否かを問わず、道職員の子どもが学校でいじめを受けるなどして、職員やその家族に精神的苦痛などの深刻な影響を及ぼしていた事実があり、この上不正経理との具体的な関わりを示す特定の職員の情報が公知のものとなれば、学校などで当該職員の子どもへの集中的ないじめが起こるだけでなく、悪意のある者による当該職員やその家族への執拗な誹謗、中傷又は嫌がらせ等が行われるおそれは否定できず、当該職員やその家族が精神的苦痛を受け、又は社会的信用を損なうことにより、正常な生活が脅かされるおそれがあるといえる。

こうした危険性が現実のものとなることは、本件各処分後に、食糧費問題に関して実名を報道された東京都職員が、それによって犯罪ともいうべき悪質な嫌がらせを受けた事実によって裏付けられるものである。

(3) したがって、本件各公文書を開示すると、職員個人及びその家族の生命、身体又は社会的な地位の保護に支障を来す危険性が存在すると認められることから、本件各公文書は本件条例九条二項一号に定める非開示情報を記録したものというべきである。本件各公文書を非開示とした本件各処分の効力は、この理由からも維持されるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 本件裁判においては、本件各処分が、その本件各処分当時ないしその異議申立に対する決定当時に挙げられた理由によって適法と根拠づけられるか否かを判断すべきであり、右当時に挙げられていなかった理由により判断すべきではないから、本件追加主張は許されない。

(2) また、本件各公文書については、本件条例九条二項一号の該当性は否定される。

被告は、本件各公文書について、「公共の安全と秩序の維持の観点から個人の生命、身体又は社会的な地位の保護に支障が生ずるおそれのある情報」に該当する旨主張する。

しかし、本件が「道の構造的・組織的な」不正経理の一環であり、「個々の職員にあっては組織的な不正に名義を提供させられたもの」であるならば、つまり、公務員としての職務上の地位という側面での関与にすぎない場合には、当該公務員について、右職務上の地位を離れた個人(保護法益主体たる「道民」)としての社会的地位の保護が問題となる余地はない。

また、被告が、個人の生命、身体又は社会的地位の保護に生ずるおそれのある「支障」として挙げる「個人的攻撃や嫌がらせ」等は、個人名の特定のない「道による組織的な不正経理事件」という報道のもとで、「道職員」ないし「その家族」ということで生じているものということであるが、そうであれば、この類の社会的反応は、それだけ不合理な社会現象だというにとどまり、むしろ、個人名を開示することと「嫌がらせ・いじめ」とは直接的な因果関係があるわけではない。なお、開示された個人名が報道されて公知となるかどうかは、本件各処分とは無関係の全く別の問題であり、このことにより、本件各公文書を全面非開示とする合理性は見いだせない。

さらに、本件裁判では、行政活動が不正であるか否かの判断を行うことは予定されていないのであるから、本件条例上の非開示事由への該当性如何は、文書そのものの性質から判断するよりほかない。したがって、本件各公文書に記載された行政活動が不正行為にかかるものであることを理由として、非開示事由に該当するとの判断をすることはできない。

(3) 以上の次第で、本件各公文書は、本件条例九条二項一号の非開示事由に該当しない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件条例八条一項本文該当性)について

1  本件条例における公文書開示請求権について

公文書の開示請求権は、憲法二一条の趣旨に照らし尊重すべきものであるが、同条の規定に基づいて直接的に発生するものではなく、開かれた道政を一層推進し、もって道民の道政に対する理解と信頼を深め、地方自治の本旨に即した道政の発展に寄与することを目的として、本件条例によって創設された道民の権利である(本件条例一条)。そして、本件条例は、条例の解釈基準を示すものとして、条例自体の中に特に一か条(三条)を設けたが、その第三条の前段は、「実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、道民の公文書の開示を請求する権利を十分尊重するものとする」と規定し、公文書の「原則公開」の理念を示した。そして、同条後段は、公文書の「原則公開」を前提として、「この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない」と規定し、「個人のプライバシーの保護」という基本的人権の尊重をも強調している(甲五号証中の三条の解釈参照)。

したがって、本件各公文書を開示すべきか否かは、本件条例の解釈基準を示した右三条の趣旨に従い、非開示事由を規定した本件条例八条及び九条の法文を解釈し、運用することによって判断するべきである。

また、本件開示請求は、「カラ出張……に関する資料一切」の開示を求めるものであるため、実質上、本件各公文書自体の開示のほか、本件各公文書を特定するため実施機関において調査し取得したいわば「旅費の不正受給のリスト」とでもいうべきもの(以下、単に「旅費の不正受給のリスト」という。)の開示を求める結果を招来しており、本件開示請求の是非を判断するには、この面も考慮する必要がある。

以下において、右のような観点から、本件開示請求の是非を検討する。

2  「個人に関する情報」の意義について

(一) 本件条例八条一項本文は、個人に関する情報で、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報が記録されているときは、当該情報が法令等の規定により何人でも取得することができる情報や公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報である場合を除き、開示してはならない旨規定している。

本件条例において、「個人に関する情報」が原則として非開示とされる理由は、個人に関する情報がみだりに公にされることがないようにとの配慮に基づくものと解され(三条参照)、公文書の開示においても、個人のプライバシーは個人の尊重、基本的人権の尊重の立場から最大限に保護されるべきものである。

しかし、いわゆるプライバシーの意義、範囲については明確な判断基準が確立しているものではなく、その情報の客観的内容又は開示される状況、当該個人の置かれた状況等によって具体的に判断すべきものであって、一律には決し難いものといわざるを得ない。そこで、本件条例八条一項本文は、プライバシーの概念を用いることなく「個人に関する情報」を非開示とし、当該情報がプライバシーに関するものであると明らかに判別できる場合はもとより、プライバシーに関するものと推認できる場合をも含めて、思想、心身の状況、病歴、学歴、成績、親族関係、財産の状況、所得その他「一切の」個人に関する情報で特定の個人が識別され得るものを非開示情報とし、その上で除外規定及びただし書において、開示によって更なるプライバシー侵害のおそれがない情報又は情報の性質若しくは公益上の必要から当該個人において公表を受忍すべき情報をその例外としたものと解される。

(二) 原告は、非公開とすべき「個人に関する情報」を私事に関する情報のうち思想、心身の状況、病歴、学歴、成績、親族関係、財産の状況、所得のような性質上公開に親しまない情報に限定し、他は公開すべきものと主張する。

確かに、原告主張のような立法政策のあり方にも一定の合理性を有することも否定できないが、具体的な公文書開示請求権は、あくまでも条例によって創設されたものであり、当該地方公共団体の立法政策によりその範囲が決められるべきものである。そして、前述のように、本件条例は、原告主張のような立法政策のあり方にも配慮しつつ、プライバシーの意義、範囲について明確な判断基準が確立していないため実施機関に微妙な判断を強いることになるという問題性を意識してあえて原告主張のような立法政策を採用しなかったと認められ、その選択には相当の合理性があるというべきである。したがって、本件条例の定めを離れて非開示事由を限定すべき旨の原告の主張は採用することはできない。

(三) さらに、原告は、公務員の公務遂行情報は、およそプライバシーが問題になる余地はないから、「個人に関する情報」に該当するとして開示を拒否することは許されない旨主張する。

しかし、所論は、およそプライバシーが問題になる余地のない情報は、「個人に関する情報」には当たらないとの見解を前提とするものと解されるが、右(一)、(二)のとおり、本件条例は、「個人に関する情報」で特定の個人が識別され得るものを非開示情報とする旨規定しているのみで、「個人に関する情報」に何らの限定も加えていないから、プライバシーが問題になる余地のない情報は「個人に関する情報」には当たらないとすることはできず、所論は採用できない。プライバシーが問題になる余地のない情報については、本件条例八条一項の「公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するか否かにより、開示、非開示を決定すべきである。

(四) これを本件各公文書についてみるに、前記第二の一4(一)ないし(三)のとおり、本件各公文書は、公務員の出張に際して、旅行命令権者(任命権者又はその委任を受けた者)が旅行命令を発し(旅行命令簿)、旅行命令を受けた公務員が旅費の支給を請求し(旅費請求書)、又は旅行命令を受けた公務員がその出張によって処理した事務の結果を復命する(復命書)のために作成された文書である。これらは、当該出張に関与した旅行命令権者及び旅行命令を受けた公務員(以下、出張に関与した旅行命令権者等と併せて「出張に関与した公務員等」と総称する。)の動静、職歴等が記載されているものとして、これらの者の「個人に関する情報」が記載されている文書に該当するというべきものである。

3  次に、本件各公文書に記載された出張に関与した公務員等の「個人に関する情報」が「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するか否かについて検討する。

本件各公文書に記載された出張に関与した公務員等の氏名、印影が「特定の個人が識別され得るもの」に該当することはいうまでもないが、右氏名、印影を除いて本件各公文書の内容を一部開示した場合であっても前記第二の一5(二)のとおり、本件各公文書を含む「平成七年四月から一〇月までの商工労働観光部総務課の旅行命令簿」及び「一九九五年四月から一〇月及び一九九四年度の石狩支庁総務課の旅行命令簿」が既に原告に対して開示されていることにかんがみると、原告の所持するこれらの情報と本件各公文書に記載された氏名、印影を除くその余の「個人に関する情報」とを照合することにより容易に特定の個人が識別し得ると認められるから、氏名、印影を除くその余の「個人に関する情報」についても、それ自体で「特定の個人が識別され得るもの」に該当するというべきである。

4  本件各公文書が「公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報」に該当し、開示すべき公文書に当たるか否かについて検討する。

(一) 本件条例八条一項本文は、開示請求にかかる公文書に、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」が記載されているとしても、右情報が「公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当する場合には、当該情報を実施機関が開示してはならない情報(特定個人情報)から除外する旨規定している。

右に、「公表することを目的として」とは、「公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないものとして、公表することが慣行になっていて、作成ないし取得の時点で公表することが予定されていた」ことを指し、当該情報は、その主体が公表されることをあらかじめ予想し、将来において公表されることを甘受しているといえることから実施機関が開示してはならない情報(特定個人情報)から除外されたものと解される(甲五号証中の八条一項の解釈参照)。

(二) 被告は、「公表することを目的として」の意義を解釈、運用するに当たっては、当該情報が社会通念上プライバシーを侵害するおそれがあるか否かを開示請求された時点に立って判断するべきであると主張する。

しかし、ここで問われるべきは、実施機関が当該情報を作成ないし取得した目的であるから、開示請求のされた時点を基準にプライバシー侵害の有無を判断すべき旨の被告の主張は、本件条例の規定の文言に照らして採用できない。

(三) これを本件各公文書についてみるに、本件各公文書を含む旅行命令簿兼旅費請求書及び復命書は、被告において従来より「公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報」に該当するとして全面的に開示する取扱いがされてきていたこと(第二の一5(二)参照。弁論の全趣旨)にかんがみると、本件各公文書に記載された情報はすべて「公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報」に該当するというべきである。

(四) なお、本件各公文書を開示することにより、実施機関が有している旅費の不正受給のリストが実質上開示される結果が招来されるところ、旅費の不正受給のリストに記載された情報は、「個人に関する情報」であって、「特定の個人が識別され、又は識別され得る」情報であり、かつ、「公表することを目的として実施機関が作成又は取得した情報」に該当しない情報であると認められるから、このような情報を間接的にでも開示することが許されるか否かについて判断するに、本件条例八条一項は、このように開示すべきでない情報が間接的に開示される結果となる場合については規定していないから、本件条例三条の「原則公開」の原則に従い、右のような理由をもって、本件各公文書を非開示とすることは許されないというべきである。本件条例八条一項の関係では、本件各公文書が開示されることにより、右のような開示すべきでない情報が実質上開示されることにより招来される不都合は、開示を受けた者が開示によって得た情報を本件条例の目的に即し適正に使用することにより防止するほかはないというべきである(本件条例四条参照)。

5  以上のとおりであるから、本件各公文書に記載された情報が、本件条例八条一項本文にいう特定個人情報に当たるとして非開示とすることは許されないというべきである。

二  争点2(本件条例九条二項三号該当性)について

1  本件条例九条二項三号は、開示請求に係る公文書に、「道の事務又は事業に係る意思形成過程において、道の機関内部における審議、協議、調査研究等に関し、実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務又は事業に係る意思形成に著しい支障が生ずると認められるもの」が、記録されているときは、当該公文書を開示しないことができる旨規定している。

2  被告は、本件各公文書を開示することにより、旅費の不正受給に関与した職員の処分に係る知事の意思形成に著しい支障を生ずるから、同号の非開示事由に該当する旨を主張する。

しかし、開示請求に係る公文書が本件条例九条二項三号に規定する非開示事由に該当するというためには、当該公文書に「道の事務又は事業に係る意思形成過程において」、「実施機関が作成し、又は取得した情報」が記録されていることが必要とされるところ、本件記録を精査しても、本件各公文書が旅費の不正受給に関与した職員の処分に際して、実施機関によって作成ないし取得された事実を認めるに足りる証拠は存しない。被告の主張は、その前提を欠き、採用することはできない

3  なお、本件条例九条二項三号の趣旨は、いまだ意思形成過程の途上にある未成熟な情報が記録されている公文書を開示することにより、①道民に無用の誤解、混乱を生じさせたり、②行政内部の自由な意見交換が妨げられたり、あるいは③行政内部の審議などに必要な情報を得ることが困難になることを防止しようとするところにあると解される(甲五号証中の九条二項三号の解釈参照)。

ところで、甲一三号証ないし一九号証によると、本件各公文書は、一定の旅行命令が発令された事実、それに関連する用務地、旅行者、金額が記載された文書であると認められるところ、これらの情報は、政策、方針に関わる情報ではなく、一定の事実に関わる情報にすぎないというべきであるから、これを目して意思形成過程の途上にある未成熟な情報と評価することのできないことは明らかである。この点からも被告の主張を採用することはできない。

4  また、本件各公文書が開示されることにより、実質上旅費の不正受給のリストが開示されることになるところ、旅費の不正受給のリストは「意思形成過程において」、「実施機関が作成し、又は取得した情報」に該当するというべきであるから、実質上旅費の不正受給のリストを開示する結果となる本件各公文書の開示が許されるか否かが一応問題となる。しかし、既に、旅費の不正受給についてその件数等が公表されていたことを考慮すると、旅費の不正受給のリストが公表され、これに関与した個人名が公表されることにより、①道民に無用の誤解、混乱を生じさせたり、②行政内部の自由な意見交換が妨げられたり、③行政内部の審議などに必要な情報を得ることが困難になるとまでは認められないから、右の理由をもって、本件各公文書を非開示とすることは許されないというべきである。

5  以上のとおりであるから、本件各公文書に記載された情報が、本件条例九条二項三号にいう意思形成過程情報に当たるとして、これを非開示とすることは許されないというべきである。

四  争点3(一)及び(二)(本件条例九条二項一号該当性等)について

1  本件追加主張の許否

(一) 被告は、本件各公文書を「開示することは、結果として不正受給に関係した職員の氏名を明らかにすることになり、当該職員に対し、様々な個人的不利益を与えるおそれ」があることを理由に、本件条例八条一項本文の非開示情報が記録されているとして本件各処分を行い(第二の一5)、その後、本件訴訟の第九回口頭弁論期日において、右と同じ理由により、本件各公文書には本件条例九条二項一号の非開示情報が記録されているから本件各処分は適法である旨を予備的に主張し、処分理由を追加するに至った(本件追加主張)。

(二) 原告は、本件訴訟では、本件各処分において挙げられた理由によって適法と根拠づけられるか否かを判断すべきであるから本件追加主張は許されない旨主張する。

そこで検討するに、取消訴訟において、被告行政庁は、行政事件訴訟法七条により準用される民事訴訟法一五七条等の一般的制限を除き、取消を求められた処分の適法性を基礎づけるため、処分時の認定事実や根拠法規の解釈適用にとらわれることなく、訴訟物の範囲内で客観的に存在した一切の事実上及び法律上の根拠を主張できるのが原則である。しかし、被告行政庁が第一次判断権を行使していない処分理由の追加主張を認めることは、取消が求められている当該処分とは別の処分をしたことになってしまうので、このような処分理由の追加主張は、訴訟物の範囲を逸脱するものとして、許されない。

これを本件についてみるに、本件追加主張は、本件各処分の理由として実質的に考慮されていたのと同じ理由により根拠づけられているのであるから、本件追加主張についても、被告行政庁は本件各処分の時点で、既に第一次的判断権を行使していたといいうる。したがって、本件追加主張は、訴訟物の範囲を逸脱するものではなく適法である(なお、本件訴訟の経過にかんがみると、本件追加主張は、原告に格別の不利益を与えるものでもない。)。

2  本件条例九条二項一号該当性

(一) 本件条例九条二項一号は、開示請求にかかる公文書に、「開示することにより人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護(中略)に支障が生ずるおそれのある情報」が、記録されているときは、当該公文書を開示しないことができる旨規定している。そして、右にいう「開示することにより人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護に支障を生ずるおそれのある情報」には、例えば、「犯罪の被疑者、参考人、通報者の氏名、住所等のように、開示することにより、これらの人々の生命、身体に危害が加えられ、又はその地位若しくは正常な生活が脅かされるおそれのある情報」が含まれると解される(甲五号証中の九条二項一号の解釈参照)。

(二) これを本件についてみるに、本件開示請求が「カラ出張……に関する資料一切」に特定してされたことから、本件各公文書が開示されることにより、実質上旅費の不正受給のリストが公表されることになり、リストに掲載された当該公務員が旅費の不正受給に関与した者として社会に潜む悪意者の格好の標的となる危険性が高く、当該個人の識別が直ちに当該個人に対する非難ないし誹謗中傷を招き、その結果、当該個人の正常な生活(私生活の平穏)が脅かされる結果となる蓋然性が高いと認められる(乙四、五)。したがって、実施機関は、本件各公文書を、本件条例九条二項一号の規定により非開示とすることができるというべきである。

(三) 原告は、① 本件は、公務員が不正経理に職務上の地位という側面で関与したにすぎないから、当該公務員には本件条例九条二項一号で保護されるべき利益が存在しない、② 本件各公文書を開示することによって、いわれなき誹謗中傷を招来することがあったとしても、それは不合理な社会現象というにとどまり、本件開示請求とは無関係の問題である旨主張する。

しかし、公文書公開の重要性はともかく、一方で個人に関する情報の保護も忘れてはならないことは前述したとおりであって、当該個人が非難ないし誹謗中傷を受けることによって被害を被ることが、

① 本件条例九条二項一号の保護の対象とは関係ない問題である。

② 本件開示請求と無関係の問題である

等として放置することはできない。

(四) さらに、原告は、本件裁判では行政活動の不正であると否との判断を行うことは予定されていないのであるから、非開示事由該当性判断において、本件各公文書に記載された行政活動が不正行為にかかるものであることを理由とはなし得ない旨を主張する。

しかし、本件開示請求が「カラ出張に関する資料一切」に特定してされたものであることから、本件各公文書の開示により氏名を公表された者が、すべて旅費の不正受給に関与した者であると推認されることは明らかであるから、本件裁判において行政活動の正、不正の判断がされないからといって、当該個人のプライバシーが侵害されないということはできないのであって、原告の主張は採用できない。

(五) ところで、本件条例一〇条は、開示請求に係る公文書に非開示情報とそれ以外の情報とが記録されている場合に、非開示情報とそれ以外の情報を容易に、かつ、開示請求の趣旨が損なわれない程度に分離することができるときは、当該非開示情報が記録されている部分を除いて、当該公文書を開示するものとする旨を規定しているところ、本件各公文書を含む旅行命令簿兼旅費請求書等が既に原告に対して開示されていることにかんがみると、本件各公文書に記録されたいずれの情報についても、これと原告の所持する情報とを照合することにより容易に特定の個人を識別し得ると認められるので、本件条例一〇条に規定する部分開示の余地も存しないというべきである。

(六) また、本件条例九条二項一号は、同号に規定する非開示情報が記録されているときは、当該公文書を開示しないことができる旨規定しているのであるから、実施機関に当該公文書を開示するか否かの裁量権を付与していることは明らかである。そして、実施機関が与えられた裁量権を逸脱濫用して、公文書を開示しない処分(開示する処分)をした場合には、当該処分は違法になるというべきである。しかし、本件各公文書を開示すると、公務員の私生活の平穏が脅かされるおそれのある反面、本件各公文書を含む旅行命令簿兼旅費請求書等が既に原告に対して開示されており、原告が旅費の不正受給を追及する端緒を入手するのにさほど困難はないと推認されること等の事情が存することを考慮すると、本件各公文書を開示しなかったことをもって、被告が右裁量権を濫用したとまでは認められない。

3  以上のとおりであるから、本件各公文書を非開示とした本件各処分は、いずれも結論において正当である。

第四  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林正 裁判官福島政幸 裁判官柴田誠)

別紙公文書目録

一 北海道知事が平成七年一一月一三日に公表した旅費の不正受給に関する以下の文書

担当部署  商工労働観光部総務課

対象期間  平成七年四月から同年一〇月まで

文書の種類 旅行命令簿兼旅費請求書

数量  二五件(四六名)

二 北海道知事が平成七年一一月一三日に公表した旅費の不正受給に関する以下の文書

担当部署  石狩市庁地方部総務課

対象期間  平成七年四月から同年一〇月まで

文書の種類 旅行命令簿兼旅費請求書及び復命書

数量  二五件(三九名)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例